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宮崎市の旅行記【歴史・文化・芸術】

宮崎市の旅行記
宮崎市 ,宮崎へ1泊2日の旅
宮崎市の地域
宮崎市
宮崎市への旅行者
武闘派2
宮崎市の旅行時期
2016/12/21~" . 2016/12/22
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

宮崎へ1泊2日の旅

12月の初めに奥湯河原の「海石榴」に宿泊して、今年の旅行は終了のつもりでしたが、ふと新聞の広告を見たら宮崎シーガイアのシェラトンに宿泊して、当日及び翌日の2日間のレンタカー付で25,000円/人という旅行の広告が出ていました。 読んでみると、九州復興給付金?なるものの適用で格安とのこと。 早速申し込みました。 定員に限りがあるようで、後で聞いたところによると同時に募集していたどこやらの温泉旅館を利用するプラン(15,000円)の方は受け付け開始1時間後に売り切れだったとか。 宮崎は、2回目で前回はジャイアンツのキャンプ見学でしたが、その際もシェラトンに宿泊したので、ホテルの快適さは承知していました。 ということで、羽田発8:00の飛行機で宮崎に出発です。 たった1泊ですから、観光を盛沢山にしてはいそがしいので、初日は「西都原古墳群」翌日は「飫肥」と絞って楽しみました。 九州復興ということなので、精々頑張って旨いものを食い、かつ、飲み土産を購入して観光振興の一助にということでの旅行です。 天候は、前後が日本中好天だったにもかかわらずこの両日のみ現地は雨との予報でした。 実際には、車で移動している間は、土砂降りだったり篠突く雨だっりしましたが、西都原も飫肥も現地を散策する間は雨はやみ一時的に薄日も射すような快適な天候でした。異常ともいえるような暖かさで古墳やら城下町やらを彷徨するのに持って来いの状態でした。 西都原は、吉野ケ里にもあるような発掘現場をそのままシェルターで覆い、発掘時の状況を再現するような展示をしている場所とか、墳丘の周辺に土塁を廻らす特異な形状の墳墓とか興味深く見ることができました。 県立の立派な「考古学博物館」もありこの点は吉野ケ里とは一寸違った趣でした。展示にも様々な工夫がなされており、我々のような門外漢にも十分楽しめるものでしたが、入場無料というのにも吃驚。 私のような貧乏人としては「きちんと料金を徴収するほうが良いのではないか」と思いました。
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宮崎市の旅行記 ということで、ホテル内です。 数年前に来たときは、...
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宮崎市の旅行記 いきなり時間は飛んで晩飯です。 今回の、旅行は冒頭...
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宮崎市の旅行記 向こう側になるのが「からしれんこん」左側が「漬物盛り...
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宮崎市の旅行記 立派な博物館です。 収蔵物は、西都原古墳群の時代の...
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宮崎市の旅行記 縄文土器です。
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宮崎市の旅行記 九州らしく「隼人」の盾が展示してありました。 この...
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宮崎市の旅行記 博物館の最上階(2階)のテラスから眺めた古墳群の一部...
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宮崎市の旅行記 「鬼の窟」という名の古墳です。 墳丘を、ぐるっと土...
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宮崎市の旅行記 上の写真に見えている「羨道」です。 近づくとセンサ...
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宮崎市の旅行記 横穴式石室の入り口部分は多少低くなっていましたが、内...
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宮崎市の旅行記 ここでは、羨道?の入り口まで近寄ることができました。...
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宮崎市の旅行記 一部の施設は、シェルターで覆われて発掘した状態での展...
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宮崎市の旅行記 2日目は、「飫肥城」見学です。 ホテルからは、宮崎...
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宮崎市の旅行記 大手門前の豫章館庭園です。 雨に洗われた木々が生き...
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宮崎市の旅行記 これで今回の旅は終わりです。 「九州まで行って、1...
宮崎市の旅行記
宮崎市 ,宮崎の旅 青島温泉
宮崎市の地域
宮崎市
宮崎市への旅行者
幸ちゃん
宮崎市の旅行時期
2017/04/22~" . 2017/04/24
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

宮崎の旅 青島温泉

大阪から二泊三日で宮崎の青島温泉へ行って来ました。
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宮崎市の旅行記 1日目:大阪空港から宮崎へ行くJAL2437便に乗り...
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宮崎市の旅行記 機材はブラジルのエンブラエル社が製造したエンブラエル...
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宮崎市の旅行記 座席は 2?2 で、76席の小型機です。
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宮崎市の旅行記 行って来まーす。
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宮崎市の旅行記 今、離陸した大阪空港が見えます。
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宮崎市の旅行記 滑走路が2本ある関西国際空港
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宮崎市の旅行記 宮崎ブーゲンビリア空港に着きました。
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宮崎市の旅行記 夕食まで時間があったので、青島へ行くことにしました。
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宮崎市の旅行記 弥生橋を渡ると、青島神社の鳥居までもう少しです。
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宮崎市の旅行記 青島は、1周約1,000m、歩いて10?15分です。
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宮崎市の旅行記 青島神社は、彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)、豊...
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宮崎市の旅行記 規則的に堆積した砂岩と泥岩が傾いて海上に露出したもの...
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宮崎市の旅行記 左の白いビルが青島グランドホテル、中央はANAホリデ...
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宮崎市の旅行記 宮崎空港からタクシーで15分の青島グランドホテルに二...
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宮崎市の旅行記 2日目:最初に訪れたのは、宮崎神宮
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宮崎市の旅行記 たくさんの灯篭が並んでいます。
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宮崎市の旅行記 拝所
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宮崎市の旅行記 拝殿 お孫さんを連れてお宮参りに来ている人達がいまし...
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宮崎市の旅行記 御祭神は、神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのすめ...
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宮崎市の旅行記 平和台公園 平和の塔(八紘一宇の塔)があることで知ら...
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宮崎市の旅行記 踏石の上に立って手をたたくと塔に反響してビーンという...
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宮崎市の旅行記 八紘一宇(はっこういちう)とは、日本書紀の「八紘(あ...
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宮崎市の旅行記 宮崎県庁、東国原知事の時は来庁者が多かったそうです。
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宮崎市の旅行記 堀切峠
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宮崎市の旅行記 天気が良かったので、見渡す限りの青い空と青い海です。
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宮崎市の旅行記 聞こえるのは波の音。
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宮崎市の旅行記 堀切峠から南へ約1kmにあり、展望デッキから太平洋が...
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宮崎市の旅行記 道の駅「フェニックス」
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宮崎市の旅行記 平日の昼間は全面通行止ですが、今日は「開放中」です。
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宮崎市の旅行記 海に面した断崖の岩窟(海食洞)内に本殿があり、崖にそ...
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宮崎市の旅行記 石段を降りて本殿へ向かいます。
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宮崎市の旅行記 岩窟の中にある本殿
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宮崎市の旅行記 運玉を1個ずつ願いを込めて投げるのですが、投げること...
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宮崎市の旅行記 目標は亀石の枡形ですが、難しかったです。
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宮崎市の旅行記 「ウド」は、空(うつ)、洞(うろ)のように内部が空洞...
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宮崎市の旅行記 海岸参道の途中にある斜面が崩れたため全面通行止にして...
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宮崎市の旅行記 サンメッセ日南 小高い丘にある広大な公園で、モアイ像...
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宮崎市の旅行記 1台5人乗りのラウンドカーは30分で1000円でした...
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宮崎市の旅行記 地球感謝の鐘・展望台 ここが一番高い所です。
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宮崎市の旅行記 春分・秋分に近い日、この階段から展望台に続く線上が太...
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宮崎市の旅行記 イースター島の長老会と島民に復元することを認めてもら...
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宮崎市の旅行記 3日目:日の出です。
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宮崎市の旅行記 これから青島亜熱帯植物園へ行きます。
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宮崎市の旅行記 青島へ続く参道の途中に「県立青島亜熱帯植物園」があり...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 2016年3月にリニューアルオープンした「県立青島亜...
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宮崎市の旅行記 ネーミングライツにより、愛称が「宮交ボタニックガーデ...
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宮崎市の旅行記 入場料は無料です。
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宮崎市の旅行記 大温室は、年間を通して彩り鮮やかなトロピカルフラワー...
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宮崎市の旅行記 シンガポール政府観光局の許可を得て制作して2016年...
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宮崎市の旅行記 日本での開花は三例目の極めて珍しい高木花木(こうぼく...
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宮崎市の旅行記 天井の高さは14mあり、2階の回廊から見下ろすことも...
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宮崎市の旅行記 様々なトロピカルフルーツを展示している「熱帯果樹温室...
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宮崎市の旅行記 全体的には卵形で先端部が片側に反れている「タマゴノキ...
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宮崎市の旅行記 完熟マンゴーがのったソフトクリームが美味しかったです...
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宮崎市の旅行記 「パラボラチョカフェ」
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宮崎市の旅行記 5月中旬?6月下旬に紫色の花が咲く世界三大花木の1つ...
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宮崎市の旅行記 2本のアコウが寄り添うような姿をしている「絆の木」
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宮崎市の旅行記 コクピット搭乗体験は中学生までだそうですが、大人も混...
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宮崎市の旅行記 ビーチ・エアクラフト社のキングエア(C90A) 双発...
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宮崎市の旅行記 宮崎空港ビルの屋上にあった航空大学校の訓練機、201...
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宮崎市の旅行記 宮崎空港から大阪へ帰ります。帰りの機材もエンブラエル...
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宮崎市の旅行記 大阪城が見え、もうすぐ着陸です。
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宮崎市の旅行記 大阪空港に帰って来ました。
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宮崎市の旅行記 J-AIRの手作りルートマップ
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宮崎市の旅行記 C-3PO・ANA JET(ボ?イング777-200...
宮崎市の旅行記
宮崎市 ,日南海岸周遊の旅 4.高鍋界隈を歩いた後帰路へ
宮崎市の地域
宮崎市
宮崎市への旅行者
五黄の寅
宮崎市の旅行時期
2014/10/19~" . 2014/10/21
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

日南海岸周遊の旅 4.高鍋界隈を歩いた後帰路へ

この年の新年会で、フェニックスカントリークラブでゴルフをやろうと言う話で盛り上がったのですが、話がまとまったのは夏。 急遽ゴルフ場の予約と、近辺の観光地を調べての行程作成とばたばたしながら決行する事に。 私以外は宮崎は初めてなので、宮崎を代表する高千穂峡に行きたかったのですが、日程の関係で少々穴場めぐり的な二泊三日の旅となりました。 一日目 旅行記その1、2 都井岬を訪ねて 二日目 旅行記その3   フェニックスCC 三日目 旅行記その4   高鍋界隈の歴史散策
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 三日目の最終日は高鍋の歴史を訪ねて散策しました。 ...
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宮崎市の旅行記 千手観音の様な十一面観音像のお出迎えを受けて大師に到...
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宮崎市の旅行記 御堂の中に入って見ましょう。
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宮崎市の旅行記 御堂と像の作者は、岩岡保吉氏という方です。 岩...
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宮崎市の旅行記 岩岡氏の略歴をパンフレットから窺うと、氏は市井の偉人...
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宮崎市の旅行記 こうして昭和6年、東光寺山腹全体に四国霊場八十八ヶ所...
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宮崎市の旅行記 一方、岩岡翁は御堂造りにも着手。丸木の自然木で頑丈に...
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宮崎市の旅行記 高野山真言宗で得度し、僧名を弘覚といった翁はその後も...
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宮崎市の旅行記 最後の作品は、86歳の時の「みとこモん」。あの水戸黄...
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宮崎市の旅行記 高鍋大師を後にして、持田古墳群に向かいます。
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宮崎市の旅行記 農家の庭先が古墳になっていますね。
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宮崎市の旅行記 畑の中に小さな古墳が点在しています。
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宮崎市の旅行記 持田古墳群 築造は4世紀から5世紀に掛けての古墳時...
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宮崎市の旅行記 こちらも古墳なのでしょうか? そうだとしたら、悲し...
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宮崎市の旅行記 古墳群を見て、その次に向かったのは、高鍋城址の脇に在...
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宮崎市の旅行記 城址は舞鶴公園と言う名の公園になっています。 石垣...
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宮崎市の旅行記 向こうに見えているのは、萬歳亭。 藩主が晩年を過ご...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 付近の様子はこの様になっています。 それでは、歴史...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 入館料 210円  開館時間AM9:00?PM17...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 一階が歴史、古代、中世、近世、近代の流れを資料でたど...
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宮崎市の旅行記 こちらは萬歳亭に在る水琴窟。 綺麗な音色が聞こえま...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 水琴窟の構造はこんな風になっています。
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 元は高鍋城内に在った、八幡宮・白山宮・天神宮・財部大...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 高鍋城は9世紀に土持氏が築城し、16世紀から明治維新...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 寒山拾得石仏が公園の一角にあります。
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 パンフレットより引用 中国民間信仰の道教神と考えら...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 石像のいわれが記載されています。
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 資料館とその周囲を散策した後、黒水家住宅に向かいます...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 住宅の周囲の石組みの水路には鯉が泳いでます。 確か...
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宮崎市の旅行記 それでは屋敷の中に入って見ましょう。
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 入って直ぐ左の受付の有るこの建物は籾蔵(もみぐら)で...
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宮崎市の旅行記 右手の主屋(おもや)に入ってみましょう。
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 主屋は文化文政年間(1804?1830)の建築と推定...
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宮崎市の旅行記 10畳の控えの間から右手に8畳の次の間が続き、その右...
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宮崎市の旅行記 上の間は、本格的な床、書院を付けた風格のある部屋にな...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 上の間に掛かっている掛け軸の写しとその大意が説明され...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 その掛け軸です。 書道は分からないので、書かれてい...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 主屋の前の庭を眺めながら納戸の方に行って見ましょう。...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 納戸には紋付き袴や馬具など、代々伝わる品々が展示され...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 主屋の台所の所から撮影。 台所は主屋の一部になって...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 黒水家住宅を見終えて、昼の食事に向かう事にしました。...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 こんな感じでおかずを載せてご飯を頂いてます。
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 神話の国宮崎の雰囲気を感じられて満足の旅が出来ました...
宮崎市の旅行記
宮崎市 ,宮崎市内に残る城跡を気ままにぶらり旅
宮崎市の地域
宮崎市
宮崎市への旅行者
ミスターD
宮崎市の旅行時期
2016/09/29~" . 2016/09/29
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

宮崎市内に残る城跡を気ままにぶらり旅

宮崎市内に残る、城跡やそれに関わる観光スポットを巡ってみました。 旅行というよりは、移動の合間の記録ですので、さらっと見ていただければ幸いです。 訪問いただき、ありがとうございます。
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宮崎市の旅行記 最初に宮崎城跡に来ました。 関ヶ原の合戦の時に...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 登城口です。 昨日の雨で足場が悪く、かなりの山...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 案内板によるといくつかの曲輪に分かれているようです。...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 宮崎市の西部に移動して、天ケ城公園にやってきました。
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 1600年に島津義弘公が築城した天ケ城の跡に、公園が...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 芝生の広場があり、遊具施設も揃っています。
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宮崎市の旅行記 野球場もありました。
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宮崎市の旅行記 城郭風の建物がシンボルの公園です。 建物は民俗...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 まず最初に昼食を取ります。 資料館の隣にある、...
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宮崎市の旅行記 ご当地のお土産も揃っています。
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 宮崎名物のチキン南蛮定食(870円)を注文しました。...
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宮崎市の旅行記 お昼時でしたが、お客さんはいませんでした。 平...
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宮崎市の旅行記 では民俗資料館に行ってみます。
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 当時は天主閣は無く、観光用の資料館として、建てられて...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 建物の横にはパットゴルフ場がありました。
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 民俗資料館は入館料が無料でした。 ありがたい施...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 地元の高岡町の民俗や歴史を紹介しています。
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 当時の天ケ城の模型です。
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 西南戦争で使われた、エンフィールド銃です。
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 天ケ城を造った、島津義弘公です。 日向の伊東氏...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 最上階の4階は展望台となっています。
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 宮崎市内や近隣の山々が見渡せます。 春は桜の名...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 天ケ城の麓の高岡小学校です。 独特の建物が印象...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 島津義弘公は天ケ城の下に、「麓」と呼ばれる武家集落を...
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宮崎市の旅行記 高岡小学校には、幕末に学問や武術を教える教育施設:錬...
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宮崎市の旅行記 小学校内にある、河上家武家門です。 現在は錬士...
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宮崎市の旅行記 鹿児島・宮崎には「麓」と言われる武家屋敷が多く残って...
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宮崎市の旅行記 非常に雰囲気が良い町並みです。 子供のころに戻...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 ゆっくりとした時間が流れています。
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 安藤家武家門です。 こちらも上級武士の武家門と...
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宮崎市の旅行記 高岡町の武家集落に鎮座する内山神社です。
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 歴史を感じさせる拝殿です。 静かな雰囲気が非常...
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宮崎市の旅行記 都会の喧騒を忘れて、タイムスリップしたような、武家屋...
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宮崎市の旅行記 龍福寺の仁王像です。 義弘公の兄の、義久公が創...
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宮崎市の旅行記 金剛像(右)と力士像(左)です。 江戸時代に造...
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宮崎市の旅行記 宮崎市から都城市に移動します。 日向灘へと流れ...
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宮崎市の旅行記 大淀川は宮崎を代表する大河です。
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宮崎市の旅行記 当時の薩摩街道にあった去川の関所跡です。 大淀...
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宮崎市の旅行記 都城市の高城町有水に入りました。 旧薩摩街道の...
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宮崎市の旅行記 街道沿いの、山の神の像です。 旅の安全を祈願し...
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宮崎市の旅行記 現在は通行も困難な山道となっていますので、ご注意くだ...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 都城市の高城郷土史料館です。 こちらも月山日和...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 本日は宮崎市内に残る城跡とその関連のスポットを巡って...
宮崎市の旅行記
宮崎市 ,読売ロマンの旅in宮崎 2-2 「青島」「宮崎学園高等学校・吹奏楽」「津軽三味線・ 村上三絃道」「響座・和太鼓」 編
宮崎市の地域
宮崎市
宮崎市への旅行者
るり
宮崎市の旅行時期
2016/03/27~" . 2016/03/27
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

読売ロマンの旅in宮崎 2-2 「青島」「宮崎学園高等学校・吹奏楽」「津軽三味線・ 村上三絃道」「響座・和太鼓」 編

各地で桜の便りも聞かれ、いよいよ春爛漫の季節となりました。 友人達と読売ロマンの旅で宮崎にあるシェラトン・グランデ・オーシャンリゾートに宿泊してきました。 その他、西都原古墳の見学と青島神社を参拝、「響座・和太鼓」「津軽三味線」「村上三絃道」「宮崎学園高等学校・吹奏楽」の三大競演も楽しんで来ました。 2日目 今日は青島神社を参拝して、再びホテルへ戻り「宮崎学園高等学校・吹奏楽」「津軽三味線・ 村上三絃道」「響座・和太鼓」の演奏を鑑賞します。 写真は 和太鼓・津軽三味線・吹奏楽の三大競演
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 部屋からの眺め
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 43階にある展望室です。
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宮崎市の旅行記 展望室からの眺め 宮崎市内です、人口は40万だそうで...
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宮崎市の旅行記 ホテル前のロータリ
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宮崎市の旅行記 ホテルへのアプローチ
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宮崎市の旅行記 フェニックスの幹に寄生しているランの花。
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宮崎市の旅行記 ホテルへのメインアプローチ
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宮崎市の旅行記 朝食はビッフエです。 イモ粥が大変美味しいです。 ...
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宮崎市の旅行記 朝はゆっくりと9時30分の出発です。 30分ほどで...
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宮崎市の旅行記 鬼の洗濯岩と呼ばれる波状岩です。
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宮崎市の旅行記 海幸山幸兄弟の伝説がありロマンを感じます。
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宮崎市の旅行記 海幸彦・山幸彦の両親は木花佐久夜姫(このはなさくやひ...
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宮崎市の旅行記 島に渡ると真っ赤な社殿が迎えてくれます。 (弥生橋...
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宮崎市の旅行記 狛犬が出迎えてくれます。 青島にはタブやアコウ、ハ...
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宮崎市の旅行記 手洗舎と神門
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宮崎市の旅行記 本殿 御祭神  彦火火出見命(ひこほほでみのみこ...
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宮崎市の旅行記 御成道入り口の絵馬のトンネル
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宮崎市の旅行記 鯛みくじ・縁みくじ・七福神みくじ・恋みくじ・招き猫み...
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宮崎市の旅行記 境内の至る所に結ばれています。
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宮崎市の旅行記 昼食は宮崎発祥のチキン南蛮に海鮮鍋をいただきます。
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宮崎市の旅行記 3月25日にリニューアルオープンしたばかりの「宮交ポ...
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宮崎市の旅行記 南国らしい雰囲気の植物園です。
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宮崎市の旅行記 大温室にて 熱帯、亜熱帯植物約180種1600本が...
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宮崎市の旅行記 姉妹植物園であるシンガポールを紹介するコーナーもあり...
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宮崎市の旅行記 ホテルへ戻ります。
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宮崎市の旅行記 フェニックス・シーガイヤ・リゾートコンベンションセン...
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宮崎市の旅行記 4階にて 口蹄疫、鳥 インフルエンザ、新燃岳噴火で...
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宮崎市の旅行記 2000名収容のサミットホール 今回は九州各県に徳...
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宮崎市の旅行記 宮崎学園高等学校・吹奏楽の演奏です。 九州合唱コン...
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宮崎市の旅行記 演目はフェニックス・ハネムーン・坂の上の雲・麦の歌・...
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宮崎市の旅行記 津軽三味線・ 村上三絃道さんです。 津軽出身で国内...
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宮崎市の旅行記 曲目は津軽じょんがら節・天地創造・リベルタンゴ・刈干...
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宮崎市の旅行記 正調刈干切り歌を熱唱されます。
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宮崎市の旅行記 華麗な照明
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宮崎市の旅行記 響座・和太鼓  宮崎を中心に活動してる太鼓チームで...
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宮崎市の旅行記 曲目 響打ち・夜明け・蒼天・おかげ囃子・日向若衆 ...
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宮崎市の旅行記 フィナーレは和太鼓・津軽三味線・宮崎学園高等学校・吹...
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宮崎市の旅行記 コンベンションセンター4階からの眺め 一泊二日の旅...
宮崎市の旅行記
宮崎市 ,【2日目】 旅行記全国制覇最後の1県 宮崎FLY&DRIVE 綾城と照葉大吊橋?リニア実験線跡?宮崎ブーゲンビリア空港
宮崎市の地域
宮崎市
宮崎市への旅行者
jh2fxv
宮崎市の旅行時期
2015/09/20~" . 2015/09/21
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

【2日目】 旅行記全国制覇最後の1県 宮崎FLY&DRIVE 綾城と照葉大吊橋?リニア実験線跡?宮崎ブーゲンビリア空港

2日目は綾町の以前は日本一だった照葉大吊橋と綾城、今は使われなくなったリニア実験線を周ります。 今回は1泊2日なので本日は最終日、短い日程でしたので移動を少なめにしました。
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宮崎市の旅行記 ホテルチェックアウト後、最寄りの宮崎インターから綾町...
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宮崎市の旅行記 吊橋があるような場所なので山の中です。
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宮崎市の旅行記 道路から見るとこんな感じ。 かなり高い(^^;
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宮崎市の旅行記 見上げました('_')
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宮崎市の旅行記 橋の中央部が網状になってます。 こりゃー渡ると...
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宮崎市の旅行記 駐車場に到着。
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宮崎市の旅行記 照葉大吊橋入口。 長さ250m、高さ142mで...
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宮崎市の旅行記 入園料300円を払って中へ…
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宮崎市の旅行記 軽石は想い出? 200円だそうです。 使い道...
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宮崎市の旅行記 橋脚前です。
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宮崎市の旅行記 吊橋はここまでで綾城へ移動。
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宮崎市の旅行記 下は深い谷。 この高さでビル街だったら足がすく...
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宮崎市の旅行記 後ろを振り返り。
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宮崎市の旅行記 これは長くて幅も狭いです。
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宮崎市の旅行記 今は日本二ですが、日本一の石碑がそのまま。
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宮崎市の旅行記 城内には昔の学校が保存されておりましたのでついでに見...
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宮崎市の旅行記 教壇。
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宮崎市の旅行記 教室内は展示スペースになってました。
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宮崎市の旅行記 巨大な釜。
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宮崎市の旅行記 そして綾城へ… http://www.town.a...
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宮崎市の旅行記 築城は1334年? 600年以上経ってますね。
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宮崎市の旅行記 城と言うよりお祭りの山車か櫓みたい。
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宮崎市の旅行記 天守閣最上階までは急な階段を上ります。
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宮崎市の旅行記 天守からの城下町の眺め。 こんな山奥の小さな集...
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宮崎市の旅行記 吊橋よるある意味恐い高さ…(^^;)
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宮崎市の旅行記 蜘蛛の巣張ってました(笑)
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宮崎市の旅行記 ちょっと変わった形の城です。
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宮崎市の旅行記 綾町を出て高速で日向方面へ…
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宮崎市の旅行記 時間があれば日向の馬ケ背にも行きたかったですが、ちょ...
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宮崎市の旅行記 これが都農にあるリニア実験線の終点。 特に何も...
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宮崎市の旅行記 リニア実験線と並走しているJR日豊本線。
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宮崎市の旅行記 県道302号線を川南町から都濃町へ向かって走ると右側...
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宮崎市の旅行記 高架上に何やら並んでます。
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宮崎市の旅行記 実験線跡の現在はソーラーパネルが設置されていました。
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宮崎市の旅行記 まさに使われなくなった廃線って感じです。
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宮崎市の旅行記 ただただ田園の中に幅が細い高架が続いています。
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宮崎市の旅行記 リニアのスタート地点だった都農駅付近に来ました。
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宮崎市の旅行記 Mg・soleilプロジェクト? Mg=マグネ...
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宮崎市の旅行記 建屋前でハスラーと…
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宮崎市の旅行記 今は使われてないリニア実験線… 山梨は有名です...
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宮崎市の旅行記 鉄道総合技術研究所宮崎実験センターとあります。 ...
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宮崎市の旅行記 ちょっと廃墟っぽい。
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宮崎市の旅行記 高架が立ち並んだリニア実験線跡を見て都農インターから...
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宮崎市の旅行記 意外に早く来られて時間に余裕ありそうだったので宮崎西...
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宮崎市の旅行記 そしてORIXレンタカーへ車を返却。 2日間で...
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宮崎市の旅行記 そのソラシドエアの宮崎空港到着が30分ほど遅れた為、...
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宮崎市の旅行記 展望デッキにはエアプレインパークがあり、軽飛行機の展...
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宮崎市の旅行記 徒歩で空港へ…
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宮崎市の旅行記 ちょっとカッコ良さげな車両。
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宮崎市の旅行記 これが宮崎ブーゲンビリア空港。 http://ww...
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宮崎市の旅行記 ちょっと早いですが、ANA自動チェックイン機で発券。
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宮崎市の旅行記 食後の展望デッキ。 羽田や成田のように次々飛行...
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宮崎市の旅行記 物産展らしきものやってました。
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宮崎市の旅行記 JR宮崎空港駅と隣接しています。
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宮崎市の旅行記 九州を去る前にラーメンを…
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宮崎市の旅行記 黒のチャーシュー頂きました。
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宮崎市の旅行記 搭乗ゲートインしました。
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宮崎市の旅行記 帰りは18:15発羽田行き、ANAですが、ソラシドエ...
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宮崎市の旅行記 35分遅れて18:50発です。 えー!と言う感...
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宮崎市の旅行記 搭乗も済んで宮崎ともおさらばです。
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宮崎市の旅行記 これで全国制覇最後の一県の宮崎1泊2日のFLY&DR...
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宮崎市 ,【1日目-4】 旅行記全国制覇最後の1県 宮崎FLY&DRIVE ホテル前にある青島散策
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宮崎市への旅行者
jh2fxv
宮崎市の旅行時期
2015/09/20~" . 2015/09/21
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

【1日目-4】 旅行記全国制覇最後の1県 宮崎FLY&DRIVE ホテル前にある青島散策

宿泊場所の青島グランドホテルへチェックインした後、徒歩で青島(中国のチンタオではありません<(_ _)>)へ行きました。 青島は、鬼の洗濯板に囲まれた聖なる島で周囲1.5キロメートル、弥生橋を渡って鬼の洗濯板と呼ばれる奇岩の景観は、青島の隆起海床と奇形波蝕痕として国の天然記念物に指定されています。 また、野球のジャイアンツの宿泊やキャンプ地から近いこともあり、キャンプ中に必勝祈願に訪れる神社です 青島神社 http://www.aoshimajinja.sakura.ne.jp/
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宮崎市の旅行記 ホテルにチェックインして海岸を徒歩で青島へ向かいます...
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宮崎市の旅行記 タイで走っている3輪自動車トゥクトゥクがいました。
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宮崎市の旅行記 ちゃんとナンバー付いてます。
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宮崎市の旅行記 ワニ革みたい(笑)
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宮崎市の旅行記 これが鬼の洗濯板と呼ばれる奇形波蝕痕。
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宮崎市の旅行記 色違いのトゥクトゥクも…
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宮崎市の旅行記 快晴の青空と青島。
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宮崎市の旅行記 よく見ると亀甲に近い形をしています。 似たよう...
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宮崎市の旅行記 大根おろしって言うか、ノコギリの刃みたい。
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宮崎市の旅行記 その洗濯板の横に青島神社の赤い鳥居が見えます。
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宮崎市の旅行記 文化財となっている奇形波蝕痕の解説。
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宮崎市の旅行記 露店が出てます。
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宮崎市の旅行記 畑の畝みたいです。
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宮崎市の旅行記 ここから神社に入ります。
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宮崎市の旅行記 鳥居からこれだけ距離あります。
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宮崎市の旅行記 塩害で錆さびのトタン屋根。
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宮崎市の旅行記 男女別お守り。
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宮崎市の旅行記 やしの絵のしあわせ守り。 巨人軍の選手も持って...
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宮崎市の旅行記 本堂です。
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宮崎市の旅行記 金のなる木?
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宮崎市の旅行記 おみくじ種類多すぎ(^^ゞ
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宮崎市の旅行記 すぐ横には絵馬がぶら下がったスペースが…
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宮崎市の旅行記 よく見ると巨人軍の選手の絵馬が飾られていました。 ...
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宮崎市の旅行記 ここは絵馬のトンネルって感じ。
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宮崎市の旅行記 絵馬のトンネルを抜けた先に元宮がありました。
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宮崎市の旅行記 変な形に曲がった木。
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宮崎市の旅行記 ジャングルみたい。
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宮崎市の旅行記 絵馬が展示されたように張り付いています。 普通...
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宮崎市の旅行記 鯛みくじ。 手前にある小さな竿で釣り上げます。...
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宮崎市の旅行記 海抜はあまり高くないので高波が来たら浸水しそう…(^...
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宮崎市の旅行記 しかし、ホントきれいに真っすぐ並んでいる。 自...
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宮崎市の旅行記 帰りは鬼の洗濯板の上を歩いてみた。
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宮崎市の旅行記 畑みたいに見えます。
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宮崎市の旅行記 どこででもお客さん拾ってます。
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宮崎市の旅行記 波が押し寄せると浸水してくる部分も…
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宮崎市の旅行記 トゥクトゥクは島周囲も走るんですね。
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宮崎市の旅行記 島に渡りました。
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宮崎市の旅行記 帰りも弥生橋を渡って戻ります。
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宮崎市の旅行記 島へは弥生橋を徒歩で渡ります。
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宮崎市の旅行記 元知事の手招きにつられて店内へ…ここでマンゴー味15...
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宮崎市の旅行記 あっ!懐かしい…宮崎にこの人ありの東国原さんだったの...
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宮崎市の旅行記 青島を眺めて…
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宮崎市の旅行記 これが青島です。
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宮崎市の旅行記 津波来たら島自体のみ込まれてしまうでしょうね。
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宮崎市の旅行記 ホテル前に到着です。 【1日目-5】ジャイアン...
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宮崎市の旅行記 振り返ると青島。
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宮崎市の旅行記 波打ち際の遊歩道を歩いてホテルへ戻ります。 海...
宮崎市の旅行記
宮崎市 ,退職前旅行☆第5弾 今回は、台風情報に惑わされたw 三泊四日いっきにGO?
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宮崎市への旅行者
かものはし
宮崎市の旅行時期
2015/07/15~" . 2015/07/18
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

退職前旅行☆第5弾 今回は、台風情報に惑わされたw 三泊四日いっきにGO?

台風のおかげで、二泊が三泊になりました。 結局台風は上陸しなかった。。。 とっても、余裕の旅行ができました。しかも、澄み切った青空で気持ちのいい時間を過ごせました。 写真は、クルスの海? 素敵な写真が撮れました。
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宮崎市の旅行記 別府湾パノラマを見たい!今回で三回目のチャレンジ ...
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宮崎市の旅行記 ひょ~え~~ 天空の城? 真ん中のでっぱりは、高...
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宮崎市の旅行記 この写真「すごくない?」 自画自賛www
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宮崎市の旅行記 別府湾SAが、恋人たちの聖地に選定されました~ ...
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宮崎市の旅行記 願いが叶うんだって~ クルスの海でございます(o ̄...
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宮崎市の旅行記 クルスの海にモニュメント~ なぜに鐘?
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宮崎市の旅行記 作業中のオジサマに、「遊歩道8分で岬まで行けます?」...
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宮崎市の旅行記 柱状岩 海面高70m奥行200m 両側に柱状...
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宮崎市の旅行記 柱状岩から日向岬展望台へ 結構歩いたと思うんだ...
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宮崎市の旅行記 日向岬の先っぽから見た景色 今日は空も青◎
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宮崎市の旅行記 道の駅 日向
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宮崎市の旅行記 日向サンパークの中に、道の駅日向があるようですね。 ...
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宮崎市の旅行記 こちらでチーズ饅頭。。。 五種類---こちら全部買...
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宮崎市の旅行記 雰囲気◎イイ感じ~
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宮崎市の旅行記 都農神社
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宮崎市の旅行記 奥の宮 瀧神社 龍神様が祀ってあるそうです
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宮崎市の旅行記 道の駅 田野
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宮崎市の旅行記 参考に~
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宮崎市の旅行記 飫肥城資料館 こちらで100名城のスタンプを押しま...
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宮崎市の旅行記 大手門に向かう景色
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宮崎市の旅行記 大手門の裏側
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宮崎市の旅行記 これだけの施設があるなんて。。。 けっこう半日はつ...
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宮崎市の旅行記 飫肥城に寄りました。ココ城下町は、見るとこがたくさん...
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宮崎市の旅行記 おび天販売 買ってみればよかったナ。。。
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宮崎市の旅行記 参考に~
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宮崎市の旅行記 洞窟の中に本殿が鎮座しています。本殿をぐるっと一周歩...
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宮崎市の旅行記 福注連縄で邪気を祓いましたよ~
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宮崎市の旅行記 海の中の亀石という霊石に向かってこの運玉を投げ入れる...
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宮崎市の旅行記 台風の影響で波が飛沫が、、、
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宮崎市の旅行記 車の後ろの景色 お~宮崎!
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宮崎市の旅行記 道の駅フェニックス
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宮崎市の旅行記 道の駅フェニックスにて 宮崎といえば、、、マン...
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宮崎市の旅行記 あ~お昼か?おやつの時間か? 腹減った。。。朝から...
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宮崎市の旅行記 ネットで検索して、旨い鳥南蛮のお店”ファミリーおぐら...
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宮崎市の旅行記 宮崎観光ホテル西館ツイン@8500朝食のみ 会社で...
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宮崎市の旅行記 道の駅つの
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宮崎市の旅行記 道の駅高岡
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宮崎市の旅行記 まずまずの設備 ここの歯ブラシ「気に入った~」☆☆...
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宮崎市の旅行記 朝食バイキング なかなかいい雰囲気なんですよ~ ...
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宮崎市の旅行記 もちろんこれだけではございませんよ~ とりあえず一...
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宮崎市の旅行記 洋風というより和風 次も泊まりたいホテルです。
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宮崎市の旅行記 ホールの写真を撮っていたら、受付の方がわざわざ席を離...
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宮崎市の旅行記 青島神社に参ります。 これね!三輪車です。 ...
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宮崎市の旅行記 あの島に神社が。。。
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宮崎市の旅行記 ここからまだ歩く・歩くw
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宮崎市の旅行記 まだ歩きます。やった鳥居が見えました。
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宮崎市の旅行記 アノ奥が本殿への入口 車の後ろの建物で朱印を書...
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宮崎市の旅行記 右手にお国じまんカードラリーのパンフレットとカードが...
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宮崎市の旅行記 本殿
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宮崎市の旅行記 本殿を仰ぎ見て右横の門を出ると”願い事を書いた絵馬”...
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宮崎市の旅行記 鬼の洗濯板(青島をとりまく波状岩) 本日は、波...
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宮崎市の旅行記 埴輪?とってもチャーミング◎
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宮崎市の旅行記 あ~しぶきが。。。 肌がネチャネチャ。。。
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宮崎市の旅行記 画面おくに向かって帰ります。 砂が靴の中に入っ...
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宮崎市の旅行記 道の駅酒谷
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宮崎市の旅行記 販売所の中奥には無料休憩所がありました。 ナント!...
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宮崎市の旅行記 外には、お子様向けの遊具がありました。 ここは...
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宮崎市の旅行記 こちらの道の駅の建物は、フキ抜けの二階がありました。...
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宮崎市の旅行記 二階部分はとても綺麗に管理されています。 暑くなか...
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宮崎市の旅行記 ほこりもございません( ̄∇ ̄ノノ"パチパチパチ...
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宮崎市の旅行記 二階の一部
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宮崎市の旅行記 照葉大吊橋を目指していたら、ワイナリーを見つけて立ち...
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宮崎市の旅行記 結構古い建物の中に赤いポスト! 目を引きます(^^...
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宮崎市の旅行記 雲海酒造の工場のお隣にワイン工場とレストランやお土産...
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宮崎市の旅行記 サンゴの中を通って出てくる水は、旨い! お酒は...
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宮崎市の旅行記 お店は、しまっています。
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宮崎市の旅行記 お国じまんのカードをGET~ もちろん300円支払...
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宮崎市の旅行記 参考に~
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宮崎市の旅行記 歩く吊橋世界一
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宮崎市の旅行記 参考に~
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宮崎市の旅行記 GO~
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宮崎市の旅行記 下を覗くと。。。
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宮崎市の旅行記 遊歩道を歩くと下の橋を渡ることになります。
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宮崎市の旅行記 歩くかい? ・・・・・・・
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宮崎市の旅行記 山ヒル?って、なんだ?? この看板を見たら、遊...
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宮崎市の旅行記 高さ142m 「ワオ~」
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宮崎市の旅行記 見上げると、、、橋 ていうか、どんより不気味な空
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宮崎市の旅行記 二泊目は、シェラトングランデオーシャンリゾート コ...
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宮崎市の旅行記 キレイな空
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宮崎市の旅行記 朝食
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宮崎市の旅行記 宮崎県総合博物館に車を置いて宮崎神宮を目指します。
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宮崎市の旅行記 神社の途中に、民家園があるようです。 一部保存工事...
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宮崎市の旅行記 石風呂~ www小っちゃく見えました。どうやって使...
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宮崎市の旅行記 椎葉の民家
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宮崎市の旅行記 参考に~
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宮崎市の旅行記 椎葉の民家の中です。
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宮崎市の旅行記 天上竹で組んである。 アタクシが小さいときのお...
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宮崎市の旅行記 宮崎神宮 何とも青い空がステキ~
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宮崎市の旅行記 この樹と同じ年 「よろしくね~」と、握手w
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宮崎市の旅行記 休憩所。ココ!冷房がついてるの~お金持ちな神社です。...
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宮崎市の旅行記 参考に~
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宮崎市の旅行記 西都原考古博物館
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宮崎市の旅行記 記念にパシャ~
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宮崎市の旅行記 フラッシュをたかなければ、写真OK~ 町山一祥さん...
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宮崎市の旅行記 考古学は「人間」とそれを包むすべての領域を考える総合...
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宮崎市の旅行記 展示室までこんな感じの廊下を歩きます。なんか?ワクワ...
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宮崎市の旅行記 こういうの結構「スキ」 お家に飾って置きたい?
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宮崎市の旅行記 博物館の三階の展望室からの眺めです~
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宮崎市の旅行記 「西都の夏の恵み」の説明を頂きました。
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宮崎市の旅行記 お昼は博物館の近くにある”レストラン旬菜屋” ...
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宮崎市の旅行記 道の駅かまえ 最後の日四日目ですが、ランチ~ ...
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宮崎市の旅行記 相方のお昼です。 海鮮丼 ¥1250
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宮崎市の旅行記 帰りの別府湾パノラマ 何とか見れました~ で...
宮崎市の旅行記
宮崎市 ,秋晴れの宮崎 1日目 宮崎神宮大祭
宮崎市の地域
宮崎市
宮崎市への旅行者
きゅういとせろり
宮崎市の旅行時期
2012/10/27~" . 2012/10/29
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

秋晴れの宮崎 1日目 宮崎神宮大祭

この時期の宮崎は台風の来襲におびえながら、が多いのですが、 今回は晴天に恵まれました。 まずは1日目。宮崎神宮のお祭り「御神幸祭」の日で、 一番の大通りを通行止めにして行列が練り歩いていました。 「神武さま」と親しまれる100年以上続く行事だそうです。
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宮崎市の旅行記 秋の行楽シーズンで保安検査場は大混雑。30分も並びま...
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宮崎市の旅行記 富士山が雲の上に。
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宮崎市の旅行記 知多半島。
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宮崎市の旅行記 B737-800。七色のLED照明がきれい。
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宮崎市の旅行記 11:40定刻に宮崎空港到着。
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 荷物受取で宮崎牛が流れてきました。こういうの楽しくて...
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宮崎市の旅行記 ここのチキン南蛮はとっても美味しいです。 ちょっと高...
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宮崎市の旅行記 メニューには普通にハンバーグやとんかつの定食もありま...
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宮崎市の旅行記 知人に迎えに来てもらい、車で空港の南3kmの「たつや...
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宮崎市の旅行記 13:00過ぎに街中に移動し、街の中心よりやや北方で...
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宮崎市の旅行記 獅子舞が。
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宮崎市の旅行記 神主さん、でしょうか。 行進速度調整のため、ときどき...
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宮崎市の旅行記 かわいい女の子の稚児行列。整然としてます。
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宮崎市の旅行記 でも止まるとおしゃべり。
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宮崎市の旅行記 御神輿がやってきました。 いきなり御神輿を高く差し上...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 御神輿とくぐるといいことがあるのだそうです。 私は出...
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宮崎市の旅行記 今度は男の子の稚児行列。 女の子に比べてだらだらで、...
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宮崎市の旅行記 高校のブラスバンド。 なにか南国ちっくで清楚でいい感...
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宮崎市の旅行記 続けてもう一枚。
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宮崎市の旅行記 アマテラス大御神。 美人さんですが、これだけ大きいと...
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宮崎市の旅行記 おきよ丸。神武天皇が日向から船出するときに乗った船だ...
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宮崎市の旅行記 大音響にびっくりすると、おきよ丸の帆柱がこの看板にぶ...
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宮崎市の旅行記 さて、いったん宮崎観光ホテルに入ったあと、夕食はシー...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 さらに食べます。
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 さらに食べます。
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宮崎市の旅行記 セントレアがきれいに見えます。
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 まだ食べます。
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宮崎市の旅行記 パインテラスを出たのは21:30。 く、苦しい・・・...
宮崎市の旅行記
宮崎市 ,宮崎の八紘一宇まで行ったぞ・・・・ε=ε=(o--)o/
宮崎市の地域
宮崎市
宮崎市への旅行者
MERUKO
宮崎市の旅行時期
2007/05/01~" . 2007/05/02
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

宮崎の八紘一宇まで行ったぞ・・・・ε=ε=(o--)o/

宮崎の八紘一宇へ行った ※PCが壊れ、しかも暗証番号がわからなくなってしまいログインできないのでブログをこちらの方へ移動しました。
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宮崎市の旅行記 昨日の宿のロイネットホテル宮崎です。いたってシンプル...
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宮崎市の旅行記 ホテルを出て約10分ほどで平和台公園に到着。駐車場か...
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宮崎市の旅行記 この平和の塔は、もともと「八紘一宇の塔」と呼ばれるも...
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宮崎市の旅行記 こちらは裏側。「紀元二千六百年」とあります。
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宮崎市の旅行記 実はこの平和の塔は、昭和39年に開催された東京オリン...
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宮崎市の旅行記 この塔を構成する石は、全国および世界から集められたも...
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宮崎市の旅行記 平和の塔を観ながら物思いにふけっていたところで、どう...
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宮崎市の旅行記 これにて宮崎をでることにし、下道を通って都城まで行き...
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宮崎市の旅行記 休憩もとりながらのんびりと高速道を走り、太宰府ICに...
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宮崎市の旅行記 ラーメンのあと、せっかく太宰府に立ち寄ったのだからと...
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宮崎市の旅行記 こちらは「飛梅」。菅原道真が京から太宰府にやってきた...
宮崎市の写真
宮崎市の旅行記 これで九州は長崎を残すのみとなりました。
宮崎市の旅行記
宮崎市 ,05宮崎神宮と平和の塔に行ってみる(宮崎の旅その5)
宮崎市の地域
宮崎市
宮崎市への旅行者
くに・クマ
宮崎市の旅行時期
2014/01/04~" . 2014/01/04
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

05宮崎神宮と平和の塔に行ってみる(宮崎の旅その5)

本日の予定は、旦那の希望のクルスの海なんですが、その前に、せっかく近いからと宮崎神宮と平和の塔に立ち寄ることにしました。 思わぬヒットでした。
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宮崎市の旅行記 三が日過ぎてもずらりと屋台。 こちらは脇道?で
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宮崎市の旅行記 参道の方に屋台を出すのは許されないみたいですね。 ...
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宮崎市の旅行記 敷地内に宮崎県総合博物館があるようですが、とても寄っ...
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宮崎市の旅行記 神門に到着です。
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宮崎市の旅行記 神武天皇を祀ってますから、門にはしっかり菊の御紋。
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宮崎市の旅行記 参拝参拝。
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宮崎市の旅行記 このお酒の祀りっぷりは、なにか謂れがあるのかなあ?
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宮崎市の旅行記 前日の鵜戸神宮の初詣渋滞の二の舞を警戒したものの、9...
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宮崎市の旅行記 次なる目的地、平和台公園に向かいます。 宮崎神社の...
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宮崎市の旅行記 第1駐車場に到着。 たいして車は来ていません。
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宮崎市の旅行記 目当てはこちら、平和の塔です。 正直言いまして...
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宮崎市の旅行記 元々は「八紘之基柱(あめつちのもとはしら)」って名称...
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宮崎市の旅行記 ちょうど塔のところに他の観光客さんが向かってたもので...
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宮崎市の旅行記 近くで、なおかつ気になる、はにわ園へ。
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宮崎市の旅行記 ふと、上を見たら鳩だらけ。 白鳩ばかりなのは、式典...
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宮崎市の旅行記 はにわ園のはにわは、全部レプリカらしいです。 とい...
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宮崎市の旅行記 ちょこっと散策。 いたるところに埴輪があります。 ...
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宮崎市の旅行記 家やら船やら
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宮崎市の旅行記 やっぱり午年ですから、ここは外せませんね。
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宮崎市の旅行記 真似したつもり・・・に見えない。
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宮崎市の旅行記 さて、平和塔へ上がってみましょ。
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宮崎市の旅行記 といっても、中には入れません。 この門は、神武天皇...
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宮崎市の旅行記 周りをぐるっと周回しまして
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宮崎市の旅行記 宮崎市内を一望・・・ってほどは見えないですね。
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宮崎市の旅行記 この石の上に立って手をたたくと、塔に音が反響してピー...
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宮崎市の旅行記 退散前におトイレっと。 トイレにWIFI完備っ...
宮崎市の旅行記
宮崎市 ,日向佐土原 流罪先佐土原島津氏の崇敬を受けた 名僧日講遺跡散歩
宮崎市の地域
宮崎市
宮崎市への旅行者
滝山氏照
宮崎市の旅行時期
2013/10/14~" . 2013/10/14
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

日向佐土原 流罪先佐土原島津氏の崇敬を受けた 名僧日講遺跡散歩

徳川幕府の宗教政策に従わなかった為佐土原に流罪となった日講上人(にっこうしょうにん)が佐土原城跡・松尾丸の道路を隔てた東側高台に祀られています。 説明板によりますと日構上人は日蓮宗不受不施派最高の学識者として尊敬を集めていましたが、江戸幕府の宗教政策に従わなかったため、寛文6年(1666)流罪人として佐土原藩に預けられます。 当時の佐土原藩主は第4代目の島津忠高で日講上人が幕府から追放された身にも拘わらず手厚くもてなし、藩士もいろいろな教えを授かります。 日講上人は当地で日蓮宗の入門書として現在も大切にされている「録内啓蒙四十二冊」の他、上人が没するまでの32年間に亘る日記ともいうべき「説黙日課」を残し、当時の佐土原の状況を記した貴重な資料となっています。
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宮崎市の旅行記 日講上人墓
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宮崎市の旅行記 日講上人説明板
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宮崎市の旅行記 日講上人説明板
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宮崎市の旅行記 日講上人墓入口
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宮崎市の旅行記 日講上人墓敷地
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宮崎市の旅行記 日講上人供養塔
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宮崎市の旅行記 市街風景 日講上人供養塔から北方市街を見晴らし...
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宮崎市の旅行記 境内景色
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宮崎市の旅行記 日構上人説明板
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宮崎市の旅行記 僧日講上人墓案内柱
宮崎市の旅行記
宮崎市 ,日向佐土原 佐土原島津氏歴代藩主を祀る佐土原神社散歩
宮崎市の地域
宮崎市
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滝山氏照
宮崎市の旅行時期
2013/10/14~" . 2013/10/14
旅行テーマ 【歴史・文化・芸術】

日向佐土原 佐土原島津氏歴代藩主を祀る佐土原神社散歩

佐土原神社は境内の説明板では明治34年当時佐土原藩十ケ町村といわれた都於郡・三納・三財・新田・富田・広瀬・住吉・那珂・佐土原・妻の旧藩民の手で社殿が建立され創建されます。 御祭神は当然ながら薩摩島津氏の庶流垂水(さつまたるみず)家から入部した新生佐土原藩初代以久(ゆくひさ)から最終第十代忠寛(ただひろ)までの歴代の藩主が祀られています。 幹線道路に面した階段を上ると鳥居が構えておりその敷地は広々とした境内となっています。 更に奥に進むと20段ほどの石段があり、その先に歴代藩主が祀られている拝殿及び本殿が控え、拝殿・本殿はいずれも簡略で素朴でいながら重厚な雰囲気を醸し出しています。
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宮崎市の旅行記 佐土原神社 島津佐土原藩初代藩主以久から藩最終...
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宮崎市 ,日向佐土原 鎌倉御家人嫡流伊東氏に併合された庶流田嶋氏創建・大光寺散歩
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2013/10/14~" . 2013/10/14
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日向佐土原 鎌倉御家人嫡流伊東氏に併合された庶流田嶋氏創建・大光寺散歩

鎌倉幕府御家人であった工藤祐経(くどうすけつね、生誕不詳~1193)が源頼朝より建久元年(1190)日向地頭職の任を受けるも、自らは鎌倉に出仕する立場のため現地支配は専ら代官に委ねます。 祐経の死後その子祐時(すけとき、1185~1252)が源頼朝を烏帽子親として元服、やがて伊東姓を名乗り、祐時は源氏三代に亘る将軍やその後の公家将軍にも側近として勤める一方引き続き日向国に於ける地頭職の安堵を受け更なる影響を強めます。 祐時は建長4年(1252)死去するとその子供たちは各地の荘園を遺産として受け継ぎ、第四子伊東祐明(すけあきら)は日向国田嶋荘に地頭として下向し田嶋伊東氏を称することとなります。 祐明が田嶋荘へ下向した時期の日向国には三田井氏、日下部氏、土持氏及び島津氏が地頭や在地豪族として勢力を伸ばしていました。 日下部氏は都万(つま)神社の神官として当神社の神威を背景に国府である現西都市を中心に宮崎平野の中心部に進出、土持氏は反正天皇を遠祖とし豊前国の宇佐郡に宇佐宮が創建された際、勅使として派遣されその建立に功あって日向国吾田(あがた)荘(現延岡市)に下向、その子孫らは次第に南下して勢力を拡げます。 勢力を拡げる土持氏に対し既に宮崎平野の中原部にて確固たる支配を有し国司職に補任されていた日下部氏には実子なく、かねてより地縁関係にあった土持氏から男子を受け入れ国司職と共に自領の荘園経営を土持氏に委ねます。 島津氏は島津忠久(しまづただひさ、生誕不詳~1227)が文治元年(1185)に島津荘(現都城市)の地頭職に任ぜられたことに始まります。 南九州は平家政権下では平家の影響が最も強い地域の一つという事情があり源頼朝は幕府の影響力を強めるため彼の信任の厚い御家人でなおかつ荘園経営に明るい島津氏を任命します。 建久8年(1197)に島津氏は薩摩・大隅の守護職、その後日向国、薩摩国、大隅国の三国の守護職となります。建仁3年(1203)には幕府重臣比企能員(ひきよしかず、生誕不詳~1203)の乱に連座して三国守護職解任となりますが、建保元年(1213)に薩摩の地頭職に復帰して南九州に勢力を拡げます。 一方日向国に地頭として着任した伊東祐明(すけあきら)は上述の勢力の中で着実にその影響力を高めます。つまり父親の祐時や本家を継承した実弟の祐光(すけみつ)が将軍の側近として活躍する幕府の有力御家人であったこと、祐明の母親が日向国に多数の荘園を有している宇佐神宮の神官である大神氏(おおがし)の系統にある佐伯氏の娘であったことが有利な展開の背景にあったと見られます。 次第に勢力を拡大する田嶋伊東氏に対し、先に宮崎平野中原地区で支配していた土持氏はその祖先が宇佐神宮と深い関わりがあり佐伯氏とも血縁関係があったこともあり敵対意識はなくむしろ好意をもって受け入れられたようです。 時が過ぎ建武の親政に抗した足利尊氏(あしかがたかうじ、1305~1358)は後醍醐天皇(ごだいごてんのう、1288~1340)を吉野に追放し光明法王(こうみょうほうおう、1322~1380)を擁して北朝を成立させ、自らは京都室町に幕府を開き歴応元年(1338)征夷大将軍に就任します。 伊東氏本家の伊東祐持(いとうすけもち)は一時北条時行の反乱では時行に味方して清見関(静岡県)の戦いで尊氏に降伏し、以降は尊氏派として戦功を挙げ、祐持は建武2年(1335)に都於郡院(とのこおりいん・現西都市)の領地を賜り、同時に自ら日向国に下向することになります。 祐持が都於郡に下向した現地は先に現地化した田嶋伊東氏、門河伊東氏、木脇伊東氏などの伊東氏庶流はそれぞれの在地領主として支配権を確立、伊東氏本家とは疎遠となっており特に木脇伊東氏は南朝方の旗頭で動乱の兆しが見え隠れの状況でした。 南北朝対立が日向国においても顕在化し、北朝方の伊東祐持は下向時から協力関係にあった土持氏を誘い同族の木脇伊東氏を討伐することになります。 この南北朝戦乱の影響を受けた当地域で田嶋氏の去就が不明ですが、田嶋氏の支族の一部が南朝方に属したところから北朝方に攻め込まれる事態が起こり、この場面で田嶋氏の動きは曖昧な振る舞いしかできなかったと推察されます。 然しながら自領内を荒らされた事で危機感を抱いた田嶋氏は今後の自国を守る術を考えざるを得なくなり、即ち一族の結束と中央権力の庇護を得る事に傾注することになります。具体的には軍事拠点となる館の築城、更には中央の古刹に繋がる寺院の建立となります。 まず軍事力強化を図る為田嶋氏は急遽築城することになり、その場所は定かではありませんが佐土原田中地区の東南の山上に造られた五郭で構成される山城でありました。 続く方策として大光寺が東福寺派の寺院として建立されます。大光寺が東福寺派となったのは、大光寺の開山である獄翁長甫の師、乾峰士曇が東福寺の開山円爾の孫弟子であった故で、乾峰士曇は建武4年(1337)に東福寺住職、文和元年(1352)には北鎌倉円覚寺の住職となった師です。また東福寺は嘉禎2年(1236)円璽を開山とし九条道家が創建した臨済宗の寺院で、京都五山の一寺とされた名刹でもあります。 このように田嶋氏が檀家となって京都の古刹に繋がる大光寺を創建したことにより、伊東氏本家や土持氏などへの抑制力は有効に機能したばかりではなく大光寺への信仰により一族を結集させる結果となります。 応永3年(1396)日向国に侵攻の島津氏は領土を拡大してきた伊東氏と直接対決し清武城(宮崎市南部)を巡っての攻防となりますが永年に亘る膠着により厭戦気分が出て結果豊後国大友氏の仲介により和議が結ばれその後約10年間の平和となりその間両氏とも自国の諸問題を対処することになります。 宮崎平野の覇権をかけた島津氏と伊東氏との戦闘激化の中で田嶋氏は双方の勢力に飲み込まれまいとし、新しい城の築城に迫られ、上述の平和の時期に築城することになります。 新しい城は本領の田島と支族の堤氏が大光寺に寄進していた那珂を分ける丘陵、鶴松山南端の尾根に当主田嶋休祐(たじまきゅうすけ)によって造られ田嶋之城と称します。 田嶋之城を築いた休祐には家督を継ぐべき男子はなく一人の娘だけであり、このため休祐は伊東氏本家から当主の祐立(すけたつ)の三男祐賀(すけよし)を娘婿に迎える約束をしたがその後急死、やがて約束通り祐賀は養子として田嶋氏に入りますが、意外にも新しく当主となった実兄祐尭(すけあき)の佐土原氏を名乗り田嶋氏は滅亡、これにより都於郡城を本拠とする伊東氏にとって従前から押さえられていた北への出口が確保されることになります。 これにより伊東氏は都於郡城と合わせて佐土原城を本城とし、先に日向進出、土着化した伊東氏庶流である門河伊東氏、木脇伊東氏の併合と共に田嶋庶流の滅亡を機に日向国での統一に向けてその弾みをつける時期に入ろうとします。
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宮崎市 ,日向佐土原 佐土原島津家久・豊久菩提寺 天昌寺跡散歩
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日向佐土原 佐土原島津家久・豊久菩提寺 天昌寺跡散歩

豊臣秀吉の島津征伐に対し佐土原を中核として日向国総大将、薩摩島津藩主義久(よしひさ、1533~1611)の末弟家久(いえひさ、1547~1587)と嫡男豊久(とよひさ、1570~1600)とその一族を祀った天昌寺(てんしょうじ)跡を訪れました。 元亀3年木崎原の戦いで敗れた日向の雄伊東義祐(いとうよしすけ、1512~1585)は所領維持困難として外戚の大友宗麟(おおともそうりん、1530~1587)を頼り豊後に逃れ、佐土原城は無傷で薩摩島津氏の手に落ちます。 翌年8月大友宗麟は自ら3万5千の大軍を率い日向に出兵し小丸川を挟んで島津義久率いる軍と対峙、ところが各地域からの寄せ集めの大友兵は連携に欠け一体性なく訓練を受けた島津兵に突撃を繰り返すも島津軍の巧みな戦術に陥り大敗を喫します。 九州のほぼ全域を支配下に収めた島津氏に対し大友氏の懇願を受けた豊臣秀吉は島津氏討伐を決意、天正15年(1587)実弟秀長には日向口から自らは肥後口から攻め入り、家久は日向口から進出した20万の秀長軍に対抗する手立てなく降伏を申し出、秀吉もこれを承認し本来の所領は安堵されますが、やがて家久は不可解な突然の病死、その遺領は嫡男豊久に引き継がれることになります。 佐土原を受け継いだ豊久はその後秀吉の朝鮮出兵では叔父の島津義弘(しまづよしひろ、1535~1619)と共に約2000名の将兵と共に現地に赴き連戦で活躍します。 慶長5年(1600)関ヶ原の戦いでは叔父の義弘に従い約1000名の兵士と共に石田三成(いしだみつなり、1560~1600)の西軍の立場で陣に臨み、自らは出陣せず静観を保ち勝敗を見届けたのちに東軍陣地を中央突破、井伊直政(いいなおまさ、1561~1602)らが率いる追跡軍に抗しその途中義弘の逃亡を助けるため豊久は自ら犠牲となります。 日向国美々津に帰還した義弘に従事していた兵士はわずか80数名だったと言われ、また豊久に従った遺臣も数多くにのぼり、関ヶ原の戦い後藩主を失った臣下は天昌寺に豊久の霊を弔うため供養塔を建立します。 尚関ヶ原の戦いで西軍として処された佐土原藩は徳川家康により所領を没収され、豊久家臣らは義弘を頼って鹿児島日置郡吹上町永吉に領地を授かり改めて永吉島津家を再興することとなります。 佐土原を追放された豊久家臣らは永吉移転後は同名の天昌寺を建立、本家に貢献した豊久の墓を設け、併せて歴代永吉島津氏の当主と正室の菩提寺としますが、佐土原と同様廃仏希釈により廃寺となり墓だけが残されています。
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宮崎市 ,日向佐土原 佐土原後期島津氏菩提寺・高月院散歩
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日向佐土原 佐土原後期島津氏菩提寺・高月院散歩

佐土原島津氏歴代藩主の菩提寺である高月院(こうげついん)が松鶴館の北西に建立されています。 当寺の説明板によれば、慶長15年(1610)佐土原島津藩初代以久(もちひさ)が京都伏見にて逝去、それまで京都在住以来大雲院の開山貞安上人の導きにより剃髪、浄土宗の戒めを受けていた事から上人の引導によって大雲院に葬られます。 二代目藩主忠興(ただおき)は亡父の供養の為同上人を開山和尚として佐土原の現在地に寺院を建立、亡父の法号に因み「高月院」と命名し御廟所と仏間を設けて佐土原島津家の菩提寺とします。 文化9年(1812)高月院は火災により全焼、寺院の古記物や宝物等はことごとく焼失しますが、藩の手によっていち早く再建されます。 藩主を始めとする藩の崇敬は殊の外厚く、参勤交代には初代藩主に縁がある大雲寺には必ず参詣する習わしとなっていたそうです。
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宮崎市 ,日向佐土原 日向国覇権を求めて戦った鎌倉幕府御家人伊東氏VS島津氏・佐土原城跡訪問
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日向佐土原 日向国覇権を求めて戦った鎌倉幕府御家人伊東氏VS島津氏・佐土原城跡訪問

時代を遡れば伊東・島津両氏とも出自は鎌倉幕府御家人で下向後は日向国覇権をかけた壮烈な戦いに明け暮れました。 鎌倉時代に源頼朝の寵臣で側近御家人工藤祐経(くどうすけつね、生誕不詳~1193)が九州の平家追討の功があったとして九州日向国に所領を与えられ、祐経死後はその子祐時(すけとき、1185~1252)が頼朝を烏帽子親として元服、やがて伊東姓を名乗り伊東祐時と称します。 祐時は建長4年(1252)に68歳で死亡、その子供たちはそれぞれの所領を贈与され、その内四男祐明(すけあきら、生没不詳)は日向国那珂郡の田島荘に地頭として下向します。 祐明は日向国下向後は田嶋伊東氏を称し、同様に祐明の弟祐景(すけかげ、生没不詳)は門川に下向し門川伊東氏を称し、更に祐頼(すけより、生没不詳)が木脇、八代を領して木脇伊東氏を称し伊東氏庶流の日向国土着領主化が始まります。 正慶2年(1333)足利尊氏(あしかがたかうじ、1305~1358)は元弘の乱がおこると幕府軍として出兵するも途中で反幕府の旗を掲げ、幕府の京都・西日本を監視する在京都六波羅探題を攻め滅ぼします。他方同年に新田義貞(にったよしさだ、1301~1338)も挙兵し鎌倉を攻め得宗家北条高時(ほうじょうたかとき、1304~1333)ら一族を自害させここに頼朝以来の鎌倉幕府は滅亡します。 建武の親政では後醍醐天皇の強権に同調できず尊氏を凌ぐ権力を握っている新田義貞を討つ名目で建武政権に背き上洛、新田義貞軍を敗走させますが南朝方北畠顕家(きたばたけあきいえ、1318~1338)軍に敗れ九州に逃れます。 九州の武士団を編成した尊氏は再び京都に向かい、神戸湊川にて新田義貞や楠正成(くすのきまさしげ、1294?~1336)らを討ち京都に戻り、後醍醐天皇を廃し、光明法皇を擁立しここに南北朝時代が始まります。 一方尊氏は京都に幕府を開き、暦応元年(1338)征夷大将軍となりますが、伊東氏本家として祐持(すけもち、生没不詳)は清見関(きよみがせき)の戦いで足利尊氏に降伏、それ以降は尊氏側について戦功を立てます。 上記戦功により祐持は建武2年(1335)3月に日向国都於郡院(とのこおりいん)を賜りこの年祐持は日向に下向しますが、既述の通り、既に伊東氏庶流がそれぞれ在地に領主として支配権を確立、伊東氏本家とは疎遠となっており、加えて木脇伊東氏と肝付氏は南朝を支持しており微妙な状況になってきます。 都於郡院に着任した祐持は先に下向していた田嶋氏など庶流の力を結集して日向国に於ける自軍の勢力を増大させる考えがありましたが庶流にとっては圧迫以外の何物でもありませんでした。 特に都於郡に隣接している田嶋(伊東)氏は危機感を強め、自らの立場を強固にすべく康永4年(1345)に大光寺を上田島に建立したり、永享6年(1434)から文安元年(1444)に田嶋休祐(たじまきゅうすけ、生没不詳)が鶴松山尾根の一部を城塞化してに更に強固な城(鶴松山田嶋之城-かくしょうざんたじまのしろ)とします。 田嶋之城を築城した田嶋休祐には跡取り男子がおらず娘一人でしたので、伊東本家から当主祐堯(すけたか、1409~1485)の実弟祐賀(すけよし、生没不詳)を娘婿と決めますが婚姻を結ぶ前に急死します。 その後は約束通りに祐賀は養子として田嶋家に入るものの、田嶋姓を名乗らずに兄の旧姓佐土原氏を名乗ることで田嶋氏を事実上滅ぼします。 こうして文明12年(1480)伊東本家の伊東祐国(いとうすけくに、1450~1485)が形式的に佐土原氏の当主の養子となり、名実ともに伊東本家の佐土原支配が成立、それまでに木脇伊東氏及び門川伊東氏も滅ぼしていることから日向国における伊東家庶流は本家統合に至ります。 家督争いに勝利して当主となった伊東祐清(いとうすけきよ、1512~1185)は本城の都於郡から田嶋之城(佐土原城)に入城するも、翌年火災の為城郭が焼失、暫く支城の宮崎に移転を余儀なくされ、天文12年田嶋之城が建っていた鶴松山の尾根の中央部に新たに南之城(みなみのしろ)を築城し伊東氏の本拠地とします。 天文23年(1554)伊東義祐(足利義晴から偏諱を得て祐清から義祐となる)は本拠を佐土原城から都於郡城へ移し、日向国に47の城を支城とし都於郡と佐土原をその中心地としました。 かねてより日向南部の飫肥については27年間に亘り薩摩島津と覇権争いをしてきた地域ながら義祐の代の永禄11年(1568)には飫肥を手中に収めることとなり日向国で残されている地域は諸県郡(現在の都城・小林・えびの辺り)だけとなります。 飫肥を攻略し日向国の大半を支配すした義祐は諸県郡(もろかたぐん=日向国南西部)の支配を目指すことになります。当地域は南は薩摩島津・西は人吉相良に隣接しており、非情にデリケ-トな所と言えます。 一度は隠居した立場であった義祐は嫡男祐益(すけます)の不慮の死により僅か3歳の孫を後見するすることとなります。老体に鞭を打って元亀3年(1572)に真幸を治める北原氏内紛に乗じて影響力を強めてきた島津氏攻撃のため軍を木崎原に派遣します。 島津勢大将は島津義弘(しまづよしひろ、1535~1619)で戦いの駆け引きの巧みさでは追随するものなく、事前に配置していた伏兵から攻められ戦況は一変し、伊東軍は総崩れとなり決定的な負け戦となります。 この戦いで伊東側の主たる武将はほとんど討死し、これを機に伊東義祐への求心力は急速に衰え、全盛期には忠勤に励んだ47支城の武将たちの離反・裏切の行為が広がります。 領内は大混乱となるなか、義祐は一門を集め今後の対応について評議しますが、ひとまず城を出て二男義益正室の叔父に当たる豊後大友宗麟(おおともそうりん、1530~1587)を頼り再起を図ることとなり、都於郡城・鶴松山南之城を捨てて米良(めら)、椎葉(しいば)を経て豊後に入り大友氏の支援を仰ぐことになります。 翌天正6年(1578)大友宗麟は5万の兵を従え日向に出兵、内4万は島津氏支城の高城を攻めるも20日間持ちこたえ、高城の危機をに対し島津義久は兵を引き連れ佐土原城に着陣、両軍ついに小丸側を挟んで対峙します。 豊後大友軍は各国からの寄せ集めで武将間同士の意思疎通も欠けておりまとまりなく、一方島津軍はよく訓練されて得意の伏兵を配して大友軍は大混乱に陥るなどで指揮命令系統が寸断され、やがて大友軍は大敗ここに伊東氏の領土回復は実現なりません。 天正7年(1579)本家である薩摩藩主島津義久(よしひさ、1533~1611)は末弟の家久(いえひさ、1547~1587)を佐土原に封じ日向における支配の責任者とします。 上述の通り大友氏を敗走させた事を契機に武力を背景に九州一円に勢力を広げ、ついには大友氏本領を除き九州全域に覇を唱えることになります。 天正15年(1587)3月宗麟の島津征伐要請をうけた秀吉は自ら大軍を率いて肥後口と日向口に分かれて島津軍を攻め込みます。 肥後口からは秀吉本隊、日向口からは秀吉弟秀長が約20万で侵攻、島津氏守備の財部城(高鍋町)、高城(木城町)が落とされます。 ついに鶴松山南之城(佐土原城)も秀長軍に囲まれるようとする時、義久は降伏を決意し秀長にその旨申し出ます。同時に佐土原城の家久も周辺の城主と共に開城して降伏します。 同年5月義久は剃髪して秀吉の本陣・泰平寺で秀吉に拝謁し罪を謝して秀吉から許されます。 同時に家久は自ら秀長に随行して大坂に赴き秀吉に近侍したいと申し出、これを聞いた秀吉はたいそう喜び、家久の従来の本領を安堵する朱印状を発し、これまで通り佐土原城と佐土原・都於郡・三納・穂北・神田等を所領することとなります。 然しながら同年6月家久は野尻在陣の秀長を訪ね、秀長から接待をを受けたが佐土原に帰城すると3日後毒にあたった症状を呈して死亡します。その遺領は息子の豊久に安堵されることになります。 慶長5年(1600)会津若松の上杉景勝(うえすぎかげかつ、1556~1623)を討つため徳川家康は会津に向けて出立、その留守をついて家康討伐の軍勢を揃えた石田三成は関ヶ原で引き返してきた家康軍と会戦を交えます。 合戦当初は西軍優勢で推移していましたが西軍の小早川軍の家康軍に寝返ったことで形成が一変、西軍は敗走します。 西軍に属していた島津義弘以下約千名の島津軍は、終始戦いには加わらず西軍敗戦後に家康軍陣地を突破して伊勢・堺をへて薩摩へと戻りますが帰り着いたのは僅か70名ほどであったと言われ、豊久は家康の追跡を受ける途中で義弘を逃がすため犠牲となります。 関ヶ原で三成軍に属して敗走した島津氏は家康に対し井伊直政などを通じて謝罪に努め、結果家康は慶長6年(1601)家康は義弘の赦免と領国の安堵を告げるも佐土原領は没収されることになり、伝え聞いた島津氏は戦死した豊久は家康に背く意図はなかったと訴えます。 家康はついに島津氏の訴えを認め、佐土原城の城番を島津氏に委ねる許可を与え、義久はこれまでの戦功と本家に近い垂水領主である島津以久(しまづもちひさ、1550~1610)を城番に指名、慶長8年(1603)10月以久は家康から召し出され島津豊久の遺領3万石を宛がわれ初代の佐土原藩主となり、後期佐土原島津氏の始祖となります。 初代藩主以久は慶長15年(1610)4月京都伏見で死去、葬儀は京都大雲寺で行われ、その後佐土原に高月院を創建百石を寄進し佐土原島津氏の菩提寺とします。 以久没後の跡目については藩内部で対立が起きますが、側室の子忠興(ただおき、1559~1637)が幕府の許可を得て二代目藩主となります。 二代目忠興は南之城を改修し本丸の整備と天守を設け、鶴松山全体を山城として完成させその呼び名を鶴松城とします。 それから13年経過の寛永2年(1625)、忠興はこの山城を破却し、山下の平地に移し呼称を松鶴城と改めます。しかしながら天守だけは残され三代久雄(ひさかた、1633~1663)の頃までは山城跡に天守が聳えていたとのことです。 二代目忠興にどのような変化があったのか興味あるところですが、戦乱が収まると城の位置づけが微妙に変化しますが山城を置くよりも平地での政務がやり易い、山城の機能を維持する費用も多額を要するなどの考えが定着しやすい状況にあることも理由にあります。 上記理由に加えて、佐土原藩の位置づけとしては関ヶ原以降に大名に取り立てられたこと、二代目忠興の家督相続では以久の嫡孫で垂水領主との対立を越えて幕府から佐土原を安堵された経緯があり、幕府の軍役(大坂冬の陣、夏の陣等)・課役(江戸城本丸石垣普請等)については積極的な対応を示す立場にあるが故、山城機能が失われる現状では無駄な出費と考えられるようになったための判断と思われます。 明治2年(1869)第11代藩主忠寛(ただひろ、1828~1896)は城を広瀬に移すことを命じ、その旨朝廷に転城願いを提出します。 朝廷では広瀬への転城を認めますがその後の廃城となった佐土原城は跡形もなく消え去り、旧佐土原町が城跡の公園化に手を付けるまで城の跡地は悉く民間の所有に帰していました。 尚転城先の広瀬城は石崎川にせり出し、北へ伸びた丘陵地に築城されましたが、この城も翌年の廃藩置県によって破却され、現在は広瀬小学校となっています。
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宮崎市の旅行記 「ひむか神話街道」地図 一ツ瀬川を北端にした中...
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宮崎市の旅行記 「鶴松館(かくしょうかん)」案内板
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宮崎市の旅行記 鶴松館大広間 大広間から縁側を見渡します。内部...
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宮崎市の旅行記 鶴松館書院 書院から庭を捉えます。
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宮崎市の旅行記 鶴松館庭園 書院から庭園を眺めます。
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宮崎市の旅行記 鶴松館.書院廊下
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宮崎市の旅行記 屋根瓦 島津家の紋が入った屋根瓦が見えます。
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宮崎市の旅行記 鶴間環庭園
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宮崎市の旅行記 大手道 道路をV字型に深く切り込ませて、敵が登...
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宮崎市の旅行記 大手道説明板 所々に陶板製の説明板が設置されて...
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宮崎市の旅行記 大手道 左右は竹林で囲まれています。
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宮崎市の旅行記 大手道 路の左は急崖となっており、足を踏み外す...
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宮崎市の旅行記 大手道 設置された柵は擬木が使われて周囲に溶け...
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宮崎市の旅行記 堀切 尾根の途中をV字に切って尾根づたいに進ん...
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宮崎市の旅行記 堀切説明板
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宮崎市の旅行記 本丸案内板
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宮崎市の旅行記 三層櫓跡 階段を登ると櫓跡が盛土となっています...
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宮崎市の旅行記 本丸案内板 三層櫓跡に上がる階段下に設置の案内...
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宮崎市の旅行記 三層櫓跡 本丸への案内が見えます。
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宮崎市の旅行記 本丸に向かう階段
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宮崎市の旅行記 本丸の枡形虎口跡
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宮崎市の旅行記 枡形虎口説明板
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宮崎市の旅行記 佐土原城本丸跡
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宮崎市の旅行記 佐土原城本丸跡
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宮崎市の旅行記 本丸説明板
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宮崎市の旅行記 佐土原城天守台跡
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宮崎市の旅行記 佐土原城天守台跡
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宮崎市の旅行記 佐土原城天守台跡
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宮崎市の旅行記 佐土原城天守台跡標柱
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宮崎市の旅行記 天守台説明板 平成8年(1996)から始まった...
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宮崎市の旅行記 佐土原城天守台跡 盛土の一部に石垣が見えます。
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宮崎市の旅行記 佐土原城天守台跡
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宮崎市の旅行記 佐土原城天守跡 盛土の周辺に石垣により形状が崩...
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宮崎市の旅行記 佐土原城天守跡
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宮崎市の旅行記 番屋坂案内板 鶴松館目指して本丸を離れます。
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宮崎市の旅行記 番屋坂
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宮崎市の旅行記 番屋坂・あずま屋案内板
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宮崎市の旅行記 あずま屋 休憩所が設置されているのでここで一息...
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宮崎市の旅行記 あずま屋周辺風景
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宮崎市の旅行記 中の道
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宮崎市の旅行記 中の道 出土文化財管理センタ-の建物に近づきま...
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宮崎市の旅行記 出土文化財管理センタ-
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宮崎市の旅行記 佐土原城本丸跡
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宮崎市の旅行記 佐土原城本丸標柱
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宮崎市の旅行記 佐土原城本丸跡
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宮崎市の旅行記 搦手説明板
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宮崎市 ,南九州めぐり その1:宮崎
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2013/09/22~" . 2013/09/27
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南九州めぐり その1:宮崎

宮崎・霧島・熊本・島根を巡る旅 1日目まずは宮崎 飛行機で宮崎空港まで移動。電車はまだ動いていないので空港バスを利用。 空港から一旦市内まで行き、ホテルに荷物を預けた後、日南海岸を散策 目的地は青島・鵜戸神宮 日南海岸はいい眺め
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宮崎市の旅行記 鵜戸神宮
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宮崎市の旅行記 日南海岸
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宮崎市の旅行記 カニ
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宮崎市の旅行記 空港で宮崎交通の1日乗車券を購入。1800円 繁華街...
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宮崎市 ,宮崎平和台公園
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pasokonryoku
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2013/03/24~" . 2013/03/24
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宮崎平和台公園

宮崎の知人と会った。 近場を案内してくれるというのでお願いした。 市街地から程近い丘陵に連れて行かれた。 県立平和台公園という。 町中なのにやけに険しい山道を登って行くと駐車場がある。 公園内には何箇所か桜が咲いている。 少し離れたところからも見えるわけのわからない塔がある。 てっきり竹下政権の時のふるさと1億円で作ったのかと思いきや違うらしい。 なんと昭和15年、紀元2600年を記念して作ったという由緒正しき建造物だ。 ぱっと見は、70年代のスピルバーグの名作未知との遭遇のランドマークにしか見えない。 脇を抜けて山の中に入ると、はにわ園という奇妙なスペースがある。 散策路に『はにわ』が無数に飾ってある。 樹木が鬱蒼と生い茂り昼間でも薄暗い園内に『はにわ』が微笑んでいるのは薄気味悪い。 この公園に古墳でもあれば納得もするのだけど。 レストハウスや園内の展望台からは宮崎市と日向灘が眺められるというのは観光施設としては良い。 が、でかい石塔と『はにわ』はちょっとね。 ちなみに宮崎から日向市にかけて古墳や遺跡が何箇所も発見、発掘されている。 お陰で高速道路の工事も遅れているとか。 『はにわ』がどうかは別にして古くから文化があった土地らしい。
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宮崎市の旅行記 宮崎も満開
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宮崎市の旅行記 スピルバーグの映画のワンシーンにしかみえない。
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宮崎市の旅行記 はにわが笑ってる
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宮崎市 ,海幸彦・山幸彦伝説の舞台”青島”
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karei
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2013/03/04~" . 2013/03/04
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海幸彦・山幸彦伝説の舞台”青島”

宮崎最終日ですが宮崎市内にある青島に行ってきました。 青島へはバス、電車どちらでも行く事が出来ますが、本数が少ないので事前に調べておく必要があります。今回は行きは電車で行き、帰りはバスで宮崎駅まで戻ったんですが、バスの方が2倍ぐらい高かったので電車で往復する方が無難でした。 9:08 宮崎駅発   ↓(電車:360円) 9:30ぐらい 青島着 青島神社へは徒歩で15分ぐらいです。 青島ですが、青島神社以外は見所が無いので、1時間ぐらいあれば十分観光出来ると思います。宮崎駅への戻りはバスで戻り、青島から宮崎駅まで700円かかりました(^_^;) 宮崎に戻った後はおぐら本店でチキン南蛮を食べて今回の旅行は終了です。 美味しいものが多く、見所も沢山あって良い所でした。
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宮崎市の旅行記 まずは青島へ行く為に日南線で青島駅に向かいます。 ...
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宮崎市の旅行記 青島駅に到着です。宮崎駅から約30分程度です。
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宮崎市の旅行記 青島駅です。小さい駅で青島に行く人ぐらいしか降りる人...
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宮崎市の旅行記 青島が見えてきました。駅からここまで約10分程度です...
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宮崎市の旅行記 青島が近づいてきました。 駅で降りた人は少しでした...
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宮崎市の旅行記 この波状岩は”鬼の洗濯板”と呼ばれています。 青島...
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宮崎市の旅行記 橋を渡り切ると青島神社の石碑を発見!
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宮崎市の旅行記 石碑を過ぎると2軒お土産屋があり、その先には鳥居があ...
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宮崎市の旅行記 青島神社に到着です。 綺麗な青い空ですね^^
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宮崎市の旅行記 周囲に植えてある木を見ると、いかにも南国と言う雰囲気...
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宮崎市の旅行記 本殿に到着です。駅から本殿までゆっくり歩いて20分程...
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宮崎市の旅行記 実はこの青島神社ですが、本殿から右側を見るとまだ奥に...
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宮崎市の旅行記 それを抜けると亜熱帯性植物群の間を進んで行きます。
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宮崎市の旅行記 これは青島神社の元宮と伝えられています。 これで青...
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宮崎市の旅行記 いかにも南国の風景だなぁとつい1枚撮ってしまいました...
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宮崎市の旅行記 特に何でも無い写真ですが、青島とトゥクトゥクが何か良...
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宮崎市の旅行記 続いて青島神社近くにある青島亜熱帯植物園へ行ってみま...
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宮崎市の旅行記 南国のような風景をまた1枚。 関西にいるとこんな風...
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宮崎市の旅行記 チキン南蛮です。 美味しかった!!(^0^)
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宮崎市の旅行記 宮崎まではバスで戻ってきたのですが、これが誤算。電車...
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宮崎市の旅行記 最後は特急にちりんで宮崎空港に行って帰りました。 ...

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